2012年7月15日日曜日
おかねはだいじだよ〜
小学生時代、ノートに名前がなくても「この字はあいつの字だな」とわかってもらえるみんなが羨ましかった。どんなに待っていてもわたしの元にはわたしのノートがかえってこなくて先生に言いにいくと、もしかしてこれかな?といわれ差し出されたノートを覗き込むと、ななしのごんべえ!名前書きなさい!という付箋のついたノートがいるのだ。
昔から自分の字が定まらなくて、ノートを見返すと誰かが日替わりで書いた交換日記のようだった。小中学生のときはそれで多少悩んだりしたけどまあこんなもんかと楽観的に考えていた訳だけど、もしうっかり死んじゃったりして遺言書あーだこーだなったときに筆跡鑑定したときだれかが困るんじゃないかなとかさっき不安になった。まあ遺書なんか書く予定ないから完全に要らぬ心配だけども。
書くってことにとても神経質になってしまう。描くもいっしょー。
高校のときなんてきれいな字の友達のノートは美しくみえたし作品にような感覚で見てた。ノートをとることがうまい子は本当にうまくて改行の加減も絶妙で字幅も定規で測ると均一で意味がわからなかった。わたしは無駄にプライドが高いので意地になってノート作りに励んだ時期もあったけどちょっとでも線が太かったりずれたりすると一ページ丸々やぶいちゃったりしてたしでもそんなの高校一年生の三ヶ月でやめたしそれ以来ノート自体とらなくなってというかとれなくなって直に書き込んで紙の切れ端いっぱいはさんだ教科書提出するようになって成績下がったわらった
こんなことどうでもよくてそんなこと気にするならほら部屋の片付けしろ
なにがいいたいってわたしの部屋は思春期の男子中学生よりもきたない
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